神田錦町錦輝館

更新日:2022年10月03日

東京の映画発祥の地

神田錦町錦輝館(神田錦町3丁目3)

 映画の興行街として有名なのは、戦前は浅草の六区、戦後は日比谷ですが、実は東京で映画の興行が最初に行われたのは神田錦町です。

 エジソンの発明したキネトスコープの改良型のヴァイタスコープと、リュミエール兄弟の発明したシネマトグラフがほぼ同時期に日本に入ってきましたが、東京では1897年(明治30年)3月6日に「電気活動大写真会」としてヴァイタスコープが上映され、その会場となったのが神田錦町にあった錦輝館(きんきかん)でした。

 錦輝館は1891年(明治24年)に開業した総二階建てで1階は300坪ほどの貸席、2階は和洋料理も提供した宴会場で、現在の神田税務署の場所にありました。それまでは、演芸や魔術などの興行や演芸会、政治集会などに使われていました。東京で初めての映画興行は、当初歌舞伎座で興行する予定でした。しかし、大の舶来嫌いの九代目・市川団十郎が苦情を持ち込み、「活動写真をやるなら今後歌舞伎座へは出ない」と頑張り、錦輝館に変更になったといわれています。

 上映された映像は、「ナイアガラ瀑布」「ジャンヌダークの火刑」「大汽船紐育の港を抜錨するの景」「マリー女王の処刑」「紐育の街頭風景」「米国大統領選挙競争の景」「火災の景」「蝶々踊」など20数種でしたが、フィルムが短いので、輪にして何度も上映したといわれます。入場料は特別1円、一等50銭、二等30銭、三等20銭でした(当時もりそば1杯が1銭8厘でした)。

神田税務署の看板がある信号交差点を写した写真

錦輝館のあった場所(神田税務署)