日本赤十字社発祥の地

更新日:2022年10月03日

場所:富士見二丁目16 東京逓信病院構内

日本赤十字社は、西南戦争中の1877年(明治10年)に敵味方の区別なく救護活動を行うために佐野常民(つねたみ)や大給恒(おぎゅうゆずる)、桜井忠興(ただおき)らによって設立された博愛社が前身です。当時、本拠地は麹町区四番町(現在の富士見二丁目)の桜井邸に置かれました。
博愛社は1886年(明治19年)、東京市麹町区飯田町4丁目(現在の飯田橋三丁目:現在地)の陸軍省用地を借り受けて事務所と病院の建設を行います。日本政府がジュネーブ条約に加入したことに伴い、1887年に博愛社は日本赤十字社と改称しました。総裁には小松宮彰仁親王(こまつのみやあきひとしんのう)、社長には佐野常民が就任しました。
福島県での磐梯山噴火(1888年)、和歌山県でのトルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件(1890年)、愛知県・岐阜県での濃尾地震(1891年)をはじめとして日本赤十字社は創立直後から広範な救護活動を行っています。なお、1891年(明治24年)、日本赤十字社病院は飯田町4丁目から南豊島御料地(現在の渋谷区広尾)へ移転しました。